細胞治療

Cell Therapy

網膜色素上皮細胞の移植

iPS細胞由来色素上皮(iPS-RPE)細胞による再生医療の実用化に向けて

網膜色素上皮(RPE)とは? 

網膜色素上皮(retinal pigment epithelium: RPE)は、六角形で茶色い色素を持つRPE細胞が敷石状に配列することで形成された一層の細胞層であり、網膜の一番外側に存在します。RPE細胞は網膜の重要な部分である視細胞と直に接し、それを保護することで、私たちの視機能を維持するために重要な役目を担っています[1]。そのため、RPE細胞の異常(RPE不全状態)が、加齢黄斑変性症等の実に様々な網膜変性疾患の原因になることが知られています。残念ながら、医療技術が発達した現在でも、変性してしまった網膜細胞を治癒する方法はありません。


iPS-RPE細胞移植のこれまでの歩み

当社では、変性により機能を失ってしまった網膜機能の再生を目指して研究を進めています。その一つが、iPS細胞由来RPE(iPS-RPE)細胞移植です。これまで、理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト(以下、網膜再生Pj)の研究チームは、世界に先駆け、滲出型加齢黄斑変性の患者さんを対象に、自家iPS-RPE細胞 [2,3] または同種(他家:他人の細胞)iPS-RPE細胞 [4] を、その患者さんの病状に適した移植方法で網膜の下に移植する臨床研究を実施しました。これまでに、自家と同種iPS-RPE細胞ともに細胞自体の安全性が確認されています。同種移植においては、移植細胞と患者さんのHLAを合わせることで、免疫抑制剤を投与しなくても拒絶反応を安全に管理できることがわかりました。移植した患者さんの視力は現在も変わらずに維持されています。このように、iPS-RPE細胞による再生医療は実用化に向けて順調な一歩を踏み出しています。


iPS-RPE細胞移植の実用化に向けて

現在、当社では、iPS-RPE細胞移植の実用化に向けた3つの研究を進めています。

製造方法の最適化:安全性と品質の向上したiPS-RPE細胞を安定して供給できる体制を目指し、原材料や製造方法、そして品質管理試験の最適化のための研究を行います。

輸送・移植方法の最適化:iPS-RPE細胞移植を広めるために、細胞製造施設から日本中の、そして世界中の医療機関へ、細胞が最も良い状態で輸送し、また、医療現場においても、患者さんの網膜の状態に最も適した移植方法を提供するための研究を行います。

臨床プロトコルの最適化:共同研究機関である神戸市立神戸アイセンター病院と臨床試験を実施するための準備を進めています。その臨床試験では、RPE細胞の異常が原因で発症する様々な網膜変性疾患をRPE不全症という一括りの疾患群として対象とすることで、適応疾患拡大を図り、また、あたらしい眼科検査方法を積極的に取り入れ、iPS-RPE細胞移植のための臨床プロトコルの最適化を行います。


参考文献:
[1] RPE細胞について:https://webvision.med.utah.edu/book/part-ii-anatomy-and-physiology-of-the-retina/the-retinal-pigment-epithelium/
[2] Takagi S, Mandai M et al. Opthalmol Retina 2019
[3] Mandai M, Watanabe A et al. N Engl J Med 2017
[4] Sugita S, Mandai M et al. J Clin Med 2020

視細胞の移植

幹細胞を用いた網膜の再生医療

網膜と網膜色素変性症について

私たちが物を見る仕組みは基本的にカメラと同じです。眼球に入った光は角膜やレンズなどを通って網膜に映されます。網膜はカメラのセンサーやフィルムにあたる部分で光受容に特化した神経組織です。また光を感じるセンサーとして働くだけでなく、光情報を処理し適切な視覚情報を脳へ伝えています。網膜の構造はこのような機能を反映した層構造をとっていて光の吸収、情報処理、脳への出力の機能をそれぞれの層で分担しています。

網膜色素変性症は視細胞が変性あるいは消失し機能しなくなってしまう遺伝性、進行性の病気です。ゆっくり進行するため、発症の初期には自覚症状がなく症状が悪化してから診断されることが多いやっかいな病気です。これまで有効な治療法がなく多くの人がとても苦しんでいる病気です。

幹細胞を用いた網膜の再生医療

細胞治療|視細胞移植について

網膜色素変性症の病態はさまざまであり、原因遺伝子も多岐にわたるなか、いずれも共通するのは視細胞が変性していくが視細胞以外の網膜の構造はおよそ保たれているということです。したがって失われた視細胞の機能あるいは視細胞そのものを補填することで視機能を回復することができると私たちは考えています。このような治療が可能になれば原因遺伝子や病態に関わらず本来の機能を持った細胞を供給することができ、これまでの治療とは根本的に異なる治療が可能になると考えています。神経細胞である網膜の再生治療はこれまで困難とされてきましたが、私たちはかれまでにマウス・ラット・サルなどでこの幹細胞を使った網膜再生が可能であることを示してきました。移植によって補填した視細胞は光に反応するようになり、またその情報を下流の細胞に伝えることができるようになります。日々、視機能再生の仕組みや過程をさらに解明し、より効果的な治療法を開発しています。

ロボットによる細胞製造

汎用ヒト型ロボットLabDroidまほろ

ロボット・AIを駆使した細胞培養研究と製造

再生医療を支える匠の技

再生医療をはじめとして、現在多くの疾患を対象とした臨床研究や治験が行われています。ひとつひとつの臨床研究や治験は膨大な数の基礎研究の上に成り立っています。現在の基礎研究の多くは、優れた技を有する熟練培養技術者の暗黙知やノウハウによる「匠の技」によって支えられています。しかし「匠の技」は技術継承が極めて難しく、いつその技術が失われてもおかしくない、という大きな危機を迎えています。「匠の技」の消失は基礎研究ならびにその上に立つ臨床研究や治験の消失を意味する深刻な問題です。


ロボットとAIへの匠の技の継承

これまでに網膜再生Pjの研究チームは、汎用ヒト型ロボット「まほろ」を開発するロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社および、AIをはじめとした情報技術を開発するエピストラ株式会社とともにロボットとAIを駆使した次世代型の生物学実験の確立に取り組みました。まほろは2本の腕を使って人と同じ道具を道具を用いて実験を行うロボットです。まほろに「匠の手」を写し取り、AIに「匠の頭」を担当させることで、「匠の技」をロボット・AIに継承させ、基礎研究分野の加速に資する技術開発を行いました[1]。

当社はこれまでの基礎研究分野における技術開発をさらに発展させ、臨床に用いる細胞を対象として、高品質な細胞を安定して製造するプロセスの開発に挑戦します。

ロボット・AIによる細胞製造

当社はこれまでの基礎研究分野における技術開発をさらに発展させ、細胞製造のロボット・AI化に取り組んでいます。ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社との連携の下、臨床に用いる細胞を対象として、高品質な細胞を安定して製造するプロセスの開発に挑戦します。


参考文献:
[1] Ochiai and Motozawa et al., SLAS Tech (2020, in press)